先日、ラジオでベルリンの壁について話していました。その時に、大変貴重な物ですとプラスチックケースに入った「ベルリンの壁の破片」を紹介していました。
私も、お土産で買ってきたはずと探してみたら神棚の奥に置いてありました。今では一つしか残っていない貴重なものです。

ベルリンの壁の破片です。2000年10月にベルリンのお土産店で買いました。
レ-ト 1ドイツ・マルク=¥52.05(2000年10月11日)。22,50マルク=1,171円くらいだと思います。


プラスチックケースから出して見ました。表(左)、裏(右)


プラスチックケースです。
2000年10月に ドイツ・チエコ・オ-ストリア・ハンガリ-東欧世界文化遺産探求の旅のものです。


ベルリンの壁の前で母と写真を撮りました。

通貨: ドイツ・マルクとペニヒ 。1マルク=100ペニヒ
レ-ト 1ドイツ・マルク=¥52.05(2000年10月11日)
通貨は、ユーロでなくてドイツ・マルクでした。
1961年8月13日ベルリンの壁が築かれて、東ベルリンと西ベルリンに分断されました。
それから28年後にベルリンの壁が壊されて東西の国境が開かれました。
壁の状況を、日本の地図で説明すると、日本を中部地方で分けて、東日本・西日本とする。東京を東東京・西東京と分け西東京が壁で囲まれている。西東京は東日本にあって、これは西側に所属する。(陸の孤島・・西ベルリン)
西東京(西ベルリン)人は、東日本・東東京(東側)には簡単に行けるが、東東京(東ベルリン)人は、西日本・西東京(西側)にいくことは絶対出来なかったが、1989年から様子が変わり、ハンガリ-、オーストリア経由で東側から西側へ行けるようになり、壁は有名無実となった。その後東ドイツの崩壊により、1990年10月3日に壁が壊された。(現地ガイド談)
壁がなくなったときは、「本当かな?」と言う興奮状態が昼も夜も続いた。
全長3.5Kmの西ベルリン随一の繁華街ク-ダム通りは、トラバンタ?(東ドイツのプラスチックの車)であふれた。トラバンタのフロントガラスには西側の人からの土産がはさまれた。西側から東側のポツダムに行ったときには、「ようこそ、歓迎します。」と言うプラカードが掲げられ歓迎をうけた。壁崩壊から東西統一までの11ケ月間は、制度・貨幣などが1週間単位で変わるなど大変だった。
壁の崩壊から10年が経ち、98年度の国家予算は66兆9000億円となった。東側の給与は統一当時西側の44%が98年で77%、年金は88%、失業率は西側の2倍20%となっている。経済成長率はプラス3%、マルク安で輸出も上向いている。反面、ネオナチ・ユダヤ主義の問題がある。統一当時コール首相は「花園のような世界」と表現したが、現実はほど遠い。(現地ガイド談)
ベルリンのどこでも建設ラッシュで溢れていました。 (2000年10月11日の日誌より)
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